地中海沿岸地方や南北アメリカ、南アフリカなどに200種以上が分布し、大豆と同等のタンパク質を持ちながら、窒素肥料をほとんど必要とせず、使用する水も大豆の3分の1で済む「ルピナス豆」をご存じでしょうか? この環境負荷の低い作物は、大豆アレルギーのアレルゲンを含まず、代替食品としての可能性も秘めています。さらに、地球温暖化の要因となるCO₂やN₂Oの削減に取り組むマメ科植物の一つとして、研究が進められています。
豆発酵食品「醸豆(JYOZ/ジョウズ」を開発・製造・販売する「ハッコウホールディングス」とルピナス豆の研究を行っている、東北大学大学院の佐藤修正教授と番場大助教にお話を伺いました。
植物と微生物の相互作用をゲノム情報から紐解く
--まずは、佐藤教授の研究や専門分野について教えてください。
佐藤修正教授(以下、佐藤):博士課程を修了後、財団法人「かずさDNA研究所」に入所しました。それ以来、一貫して植物と、それに関連する微生物のゲノム解析に取り組んでいます。私の研究の大きな目標は、生物のゲノム情報に書かれているその生き物の歴史を紐解くことです。
特に、日本全土に自生するミヤコグサというマメ科の植物に注目しています。この植物が日本のさまざまな気候に適応してきた歴史や、その過程で植物と微生物の相互作用がどのように影響してきたのかに興味を持っています。これらの現象を、集団のゲノム情報を用いて解明することを主な研究テーマとしています。
10年前に東北大学に移ってからは、基礎研究を中心に行っています。研究室は「共生ゲノミクス分野」という名称にしていますが、「共生」に込めた意味の一つが、植物と微生物の相互作用となります。
マメ科の植物は、根粒菌という土壌中の微生物と相互作用し、空気中の窒素を固定するという特殊な能力を持っています。この能力は、主にマメ科植物が独自に獲得したものであり、特にその細胞内に根粒菌を受け入れて共生する仕組みは、マメ科植物ならではの特徴です。
根粒菌の「共生ユニット」で進化する作物と土壌の関係
--CO₂の約300倍の温室効果ガスであるN₂Oを削減する大豆根粒菌をルピナス豆に流用する研究を行っているそうですね。ルピナス豆につく根粒菌は、大豆につく根粒菌とは違うのでしょうか?
佐藤:違うと言える部分もありますが、根粒菌は非常に特殊な存在です。「根粒菌」という菌が明確に1種類あるわけではなく、根粒菌になる能力を持つ菌のグループが存在します。しかし、そのグループに属するすべての菌が根粒菌になるわけではありません。
このグループ内には、根粒菌になる能力を持つものと持たないものがあり、さらに興味深いのは、根粒菌になるための遺伝子が「カセット」のようにまとまっていて、菌同士で伝達されるという点です。この遺伝子セットは、他の菌に移動し、入れ替わることができるのです。その点については、同じ研究室の番場さんが詳しいので説明していただきましょう。
番場大助教(以下、番場):ミヤコグサは日本全国に自生しており、その調査のために、自生地を訪れてミヤコグサを採取し、それらについている根粒菌を集める研究を行ってきました。沖縄の宮古島から北海道まで、約100系統以上の根粒菌を収集し、それらがどのような遺伝子を持っているかを調べました。
その結果、ミヤコグサにつく根粒菌が非常に多様なグループに属していることがわかりました。以前から、ミヤコグサにつく根粒菌に多様性があることは報告されていましたが、想像以上に多様な根粒菌が存在することが新たに発見されました。
さらに詳細な調査を進めた結果、ミヤコグサと根粒菌が共生関係を築くために必要不可欠な遺伝子セットがあるゲノムの部分については、100以上の根粒菌株で非常によく似ていることが確認されました。一方で、根粒菌のゲノム全体を見れば、これらの菌はそれぞれ異なり、多様性があることが明らかとなったことから、根粒菌のゲノムとミヤコグサと根粒菌が共生関係を築くために必須なユニットは独立に進化してきたと考えました。
共生関係を築くために必須なユニットが根粒菌から他のバクテリアに移って組み込まれることは、牧草としてミヤコグサが持ち込まれたニュージーランドで報告されていましたが、私の研究によりミヤコグサの自生地である日本でも、このイベントが起きており、その結果としてそれぞれの自生地の環境に適したミヤコグサの根粒菌が生じてきたと考えられます。
このユニットを受け取ったバクテリアは、ミヤコグサと共生できる能力を獲得します。ただし、どのようなバクテリアでも共生できるわけではありません。バクテリアの中でも、「メソリゾビウム」という属に属する特定のグループのバクテリアが条件を満たしており、このユニットを持っていることでミヤコグサと共生関係を築くことができるようになることがわかってきています。
そのため、ミヤコグサとミヤコグサ根粒菌の関係は非常に複雑です。根粒菌がもともと持つゲノム、そこに組み込まれたミヤコグサとの共生に必要なユニット、そしてミヤコグサそのものが絶妙に関わり合いながら共生関係を営んでいることが明らかになってきました。
(写真:東北大学大学院の番場大助教(写真はミヤコグサ属植物に共生する根粒菌研究で訪れたカナリア諸島にて)
--面白いですね。それでは、ルピナス豆にも同じようなセットがあるということなのですか?
番場:おそらくはあると思います。
佐藤:そう考えているからこそ、別のプロジェクトで研究している温室効果ガスであるN₂Oを削減する能力が高い大豆用の根粒菌のルピナス豆版を作れないかと考えているんです。
幸いなことに、大豆に共生する根粒菌は「ブラディリゾビウム属」という属に分類される菌で、N₂O削減能力が高い菌もブラディリゾビウム属に含まれています。そして、ルピナス豆に共生する根粒菌を単離して調べてみると、実際にさまざまな種類の菌が存在する中で、ブラディリゾビウム属の根粒菌も付いていることがわかっています。
つまり、ルピナス豆と共生するためのユニットを、大豆の根粒菌のゲノムに組み込むことができれば、N₂O削減能力が高いルピナス豆用の根粒菌を作り出せるのではないかと考えています。
ハッコウホールディングスさんからルピナス豆の研究の話をいただいたときに、これは本当に試してみる価値があると感じました。そして、現在はこの研究にしっかり取り組んでいます。
ルピナス豆と共生する根粒菌の可能性とは?
--そういう経緯だったんですね。
佐藤:根粒菌の育種が実証できれば、土壌内でそうした現象が起こることを確認できます。実際に、先に番場さんがお話しした通り、ミヤコグサの関連種が全く育ったことのないニュージーランドの土壌にヨーロッパから西洋ミヤコグサを持ち込んだ際、数年後には土着の根粒菌がその西洋ミヤコグサと共生するようになったという事例があります。このことから、土壌内でそうした現象が起こることは証明されています。
ただし、元々大豆に共生していた菌のゲノムにルピナス豆の共生ユニット(カセット)が組み込まれるような現象については、まだ世界的に報告がありません。そのため、こうした現象を確認することを密かに狙っています。これは非常にチャレンジングな試みですが、まったくの夢物語ではないと思っています。
幸いにも、日本ではルピナス豆の栽培がまだあまり行われていないため、ルピナス豆に共生する根粒菌自体が多く存在していないと考えられます。こうした状況下で、N₂O削減能力を持つ根粒菌を大量に土壌に導入すれば、土壌内でそのような現象が起こる可能性があるのではないかと考えています。
--それを日本でやるということでしょうか?
佐藤:日本国内でこの試みを進めています。すでに実験の準備を進めており、ハッコウホールディングスさんと研究を続けてきた明治大学の岩崎泰永先生にお願いしました。具体的には、N₂O削減能力の高い根粒菌を明治大学の圃場に導入し、その環境下でルピナス豆を育てる実験を始めました。このようにして、ルピナス豆に共生する根粒菌が導入した根粒菌と遺伝子の入れ替わりを起こす現象を確認できるのではないかと考えています。
現在は、いくつかの戦略を試しています。一つは、まずルピナス豆を育ててルピナス豆の根粒菌をある程度増やしたあと、その土壌に大豆を植える方法です。もう一つは、大豆を先に育てておき、その後でルピナス豆を植える方法です。これらの戦略を組み合わせ、実験を進めています。
今回の共同研究では、この取り組みが非常に重要な項目の一つとなっています。こうした実験を通じて、土壌内での根粒菌の遺伝子変化や、ルピナス豆と大豆を通じた新たな共生関係の可能性を探っています。これが成功すれば、N₂O削減につながる根粒菌の育種において大きな一歩を踏み出せると信じています。今回の共同研究の中の重要な項目の一つです。